Blue Moonのブログ

日々の出来事や思う事、などを綴って行くブログです。
また、長年の母の介護での、実際に起こった問題なども、綴って行きます。

なんとも、分かりやすい「友達」part2

この友達は、幼稚園前から付き合い。
この人も、なんとも、分かりやすい「友達」だ。


男2人の兄がいるせいか、さっぱりした性格。
「男勝り」と言う感じ。
体格も父親に似て、骨太でがっつり系。
両親が「水商売」だったことで、子供の頃から家事をし、両親に遊びに連れて
行ってもらったことが、あまりない。
大人相手の会話を聞いて育ったことで、子供の頃から「大人びた言動」をする子だった。
常に何かに「不満」を持っているかのように、子供の頃から「笑った顔をしない」子だった。一緒に撮った写真でも、彼女だけは、いつも「ぶっちょうずら」をしたまま写っている。
そして、どこか「他人を小馬鹿にする言動」をする子だった。
今でもそれは変わりがない。


彼女は結婚は早かったが、私同様、子供もいない。
ご主人は一回り年上。


幼稚園まえからのお付き合いで、現在も一番話しをする友人ではある。
だが、基本的には「合わない」のだ。
何が合わないか?「とにかくお金」「他人を小馬鹿にする」「自分には甘いが他人には厳しい」「すべてにおいて他力本願」「常に自分は上の立場に立ちたがる」「悪い意味で人を見る」が私とは合わないのだ。
これは、擂れた大人を相手にしてる両親の仕事柄、いつも大人の会話を耳にしてきたからだと思う。
なので、子供の頃から、あまり「友達が出来ない」人だった。


彼女は、その大人びた言動から「先生には好かれた」
だが、同じ子供を持つ「母親たちからは嫌われていた」


彼女は高校を「私には合わない」と中退した。
私が通っていた高校に「ダメ元でもいいから、あんたの高校に編入できないか、聞いて欲しい」と言って来たことがあった。それを私が担任に相談。当然「無理」と担任が言う。


そして、高校の時、私がアルバイトをしていた所に「私もアルバイトしたいから雇って
くれるか聞いて欲しい」と言ってきた事もあった。なんとか店長も承諾。
だが、本来、あまり仕事をすることが好きではない彼女は、怠慢になり解雇。
連帯責任として、私まで解雇された事があった。


彼女は、子供の頃から太っていたせいか、あまりスポーツが得意ではない。
私はスポーツが大好きで、小学校の時から「バレーボール部」「バスケットボール部」
「水泳部」などに参加していた。
彼女は「私もあんたと同じ部活に参加したいから、部活顧問に参加できるように言ってくれ」と言ってきた。
そして、小学校・中学校と、参加した部活では、なぜか「部長」になる事が多かった。
まぁ、スポーツが出来なくても、先生から好かれる人だから、部長になってもおかしくは無いのだが(笑)
ただ、スポーツが出来る私や他の部員からしてみたら「そのスポーツが出来る訳でもない、そのスポーツのルールを知る訳でもない人に、部長になって欲しくない」と思うのも
当然であろう。
この頃から、すでに、彼女の「入口は他力本願」「中に入れば常に自分は上の立場に立ちたがる」と言う力量は発揮してたわけだ。


そして、小学生の頃、彼女が私に家のお金を盗むように言ってきた事があった。
「私の親せきは大阪にいる、今度、大阪万博があるので招待されてる。あんたも行きたいなら、親せきに言ってあげてもいい。その代わり、あんたの親のお店からお金を持ってきて」と。私は田舎もない、祖父母もいないので、遠方に親せきがいる彼女がうらやましかった。彼女の言いなりに、お店のお金を盗み、渡した。
だが、私の両親にはそれがバレていた。
私の両親は「こんなことを言うのは子供のすることじゃない。」と、それ以来、私の両親は彼女の事を嫌ったのだ。
この頃から、彼女の「とにかくお金」と言う力量は発揮されていた。
その後も、現在も彼女の力量は続いていた。


それ以来、彼女との付き合いを嫌った私の両親だが、彼女も、彼女の兄も、今でも
「根に持ってる」様だ。


それでも、私の両親は、彼女が両親から何処にも遊びに連れて行ってもらえない事を不憫に思い、海やプール、山や遊園地など近所の子供たちと行く時には、彼女の事も誘って
一緒に連れて行っていたのだった。
彼女の母親は、まだ「恩」と言う事をきちんと感じる人だった。
私の父親が他界した時、友達に「ブルムンのお父さんには、おまえは子供の頃から
いろんな所に遊びに連れて行ってもらったのだから、お通夜も葬儀も行くのが当たり前だ。」と母親と一緒に通夜と葬儀に出席してくれた。


逆に、彼女の両親から私が一緒に誘われたことは、1回だけ。
当時「ジョーズ」と言う映画が来た時、誘われただけだった。


それから、年月が経ち、お互い「成人」を迎えた。


彼女は結婚するまで「外で働いた」事がない。
今のご主人は、唯一、外で働いた時に知り合って結婚した。
高校を中退してから、彼女は、ずっと家でのんびり、両親にお小遣いを貰いながら
暮らしていた。
彼女の両親も男2人兄弟の唯一女の子だったためか、甘やかしていたのであろう。
彼女の結婚が決まった時「エステに通ってる」と言っていた事があった。
そのお金も両親が出していると言う。100万単位だったそうだ。
彼女は「いいのよ、だって、兄にはもっとお金使ってるのに、私だけ使ってもらえないのは不公平だ」と言っていた。
だが、結婚式や披露宴などのお金も、当然、ご両親が出してるわけで、兄さまはまだ独身で、結婚式の費用も出してるわけではない。
ここでも彼女の「とにかくお金」が出てくるのだ。


そして、一番ビックリしたのが、結婚が決まるまで、男性とお付き合いした事がない彼女は、今のご主人とのいろんな悩みを人生はじめて抱えたのだった。
夜中や、私が仕事をしてる職場にまで、電話をしてきては、あれこれ悩みを言ってきた。
逆に、私が彼氏とのいろんな悩みを抱えていた時、彼女の決まり文句は「男なんて、そんなもんだ」「愚痴たって悩みが解決するわけじゃない」「こんな夜中に迷惑だ」と言ってきた。
私は当時「あーこの人は、男の人と付き合った事がないのに、男の人を理解できてるんだ」と思った「だから、あえて、彼氏を作らないんだ」とも思った。
だが、結局は、同じなんだよね。


そして、結婚が決まったら、今度は「今日は式場を探しに行った」「今日はドレスを見に行った」「今日は引き出物を探しに行った」と、毎日の様に私に電話してきた。
当時、私は10年近く付き合った彼氏と別れて間もない時だった。
そして彼女が「結婚式と披露宴、当然、出てくれるでしょ?あんたには感謝してるの。
だから、結婚式の時のブーケを受け取って欲しいの。」と言ってきた。


ところが、結婚式のプランも最終段階になったころだった。
私に「結婚式の時のお祝い金だけど、あんたとは長い付き合いだから、3万円包んでね。
あと、ブーケは本物の花は値段が高いので、レンタルにしたから。」と言ってきたのだった。私はあっけにとられた。
今まで、友達の結婚式や親せきの結婚式に呼ばれた事はあるが、誰ひとり「お祝い金を3万包んで」などと、新婦が直接催促したことなど一度も無かった。
まして、私は当時、失業状態だったのだ。


それでも、私は「彼女とは長い付き合いだし、やっと彼と結婚するのだから、お祝いしてあげなくては」と思ったのだ。
結婚式に着ていく洋服代と、お祝い金の3万円を、私は両親に借りたいとお願いした。
だが、事の経緯を知った両親が、彼女への怒りを言ってきた。
「本当の友達なら、あんたが失業してる事も知っているなら、お祝い金など持って来なくていいから、洋服も普段着でもいいから、お祝いとして結婚式に参加して、と言うでしょう。それを、あんたに3万包めなどと言う人は、本当の友達ではない!たとえ、今お祝い金が包めなくても、そんなのは、いつでも渡せるでしょ??
本当に友達だと思い、あんたに無理強いしない子だったら、お父さんもお母さんも
あんたの洋服やお祝い金を出してやろうと思ったいた。」と。
他の友人にも、相談したが、やはり、両親と同じ意見だった。
悩んだ挙句、彼女の結婚式、披露宴には「不参加」にした。


ここでも彼女の「とにかくお金」な考えがあったのだ。


そして、彼女の結婚生活が始まった。
当時はご主人は、会社務めだった。賃貸のアパートに住み、専業主婦となった。
そして、ご主人が「独立」する事になった。
年収1500万円と、稼ぐご主人だった。
その頃、彼女は家計を任され、余力のある経済力だった。
彼女から「買い物にデパートに行こう」「食事に行こう」などと誘われる事が多かった。
ご主人も自分の稼いだお金の範囲内なら、彼女がどう使おうと文句を言わないご主人だった。
当時、私は人材派遣で3か月契約の仕事だった。当然、収入も少ない。
彼女と買い物や食事に出かける事はイヤではなかったが、お茶や食事をするたびに
「私の分はこれね」と、コーヒーを頼めば、その金額だけをテーブルに置く。
当時は「消費税」があったのだが、いつも、その消費税を私が出す事ばかりだった。
度重なる事で「消費税は?」と彼女に言うと「いいじゃん!そのくらい出しといてよ」と
言うのが彼女のお決まりの言葉だった。
あまりの度重なりに、誘われても断る事が多くなった。彼女はそんな私に「ケチ!」と
言う言葉を平気で吐いた。


そんなある日、買い物に行った帰りにカフェでお茶する事となった。
会計の時「ここは、私が払うから」と言ってきたのだった。
だが、次回、買い物に一緒に行った時、恒例のカフェでお茶をすることになった。
彼女は「前回、会計は私が出したから、今回はあんたが出してね」と言ってきた。
確かに「お互い様」なので、それを承諾した。
ところが、ナント、駆けつけ一杯目を値段の高いアイスコーヒーを、おかわりを頼み
お店を出るまでに3杯も飲んだのだ。
自分が会計を出す時には、私が毎回コーヒーを一杯飲むのを確認してから、会計の場面になって「ここは私が出す」と言い、次回の時には、事前に私に「今日はここの会計はあんたが出して」と確認を取ってから、自分はコーヒーを3杯も飲む。
なんとも「あざとい」と言うか「抜け目ない」と言うか「頭が良い」と言うか。


そして、年月が経ち「リーマンショック」で日本の企業も不況になり「人員削減」の
時が来た。
彼女のご主人も、独立の仕事が無くなり「失業者」となった。


今度、私が彼女を食事や買い物に誘うと「ぎっくり腰になった」とか「体調が悪い」とか
誘いを断って来る様になった。それが本当かどうか、後に分かった。
それこそ、今度は私の方が彼女に「ケチ!」と言いたくなった。
そうこうしてる内に、年月が経った。


そして、彼女の母親が他界した。
その葬儀は「家族葬」だったのだが、長年のお付き合いもあり、私は出席させてもらった。もちろん「ご霊前」と「花束」は持参した。
その葬儀の時、始めは「お通夜は午後6時からだから来てね」と言っていた彼女。
ところが、当日のお昼頃になって電話が来た。
「6時ごろだと、折角来てもらっても、兄の仕事仲間などが来て、対応に追われるから、ゆっくり話もできないから、8時ごろに来て。」と。
その通り、8時ごろに行った。
ところが、丁度、親せきや、彼女の兄の仕事仲間がお通夜の精進落としから返る所だった。
そして、テーブルに案内されたとき、ビックリした。
ナント、テーブルの上にあったお寿司などの食べ物が、ほとんどないのだ。
お酒やジュース類は、追加で頼めるが、食事は事前に予約しておいた分しかない。
みんながたべた残りを寄せ集めて、私に「食べて」などと言ってきたのだ。
何時間も経ってるお寿司など、怖くて食べれない。
彼女が「ゆっくり話したいから8時に来て」と言ってきたのは、親せきや兄の仕事仲間には、きちんと精進落としを食してもらい、私には残り物を食べさせておけばいい、と言う
魂胆だったのだ。
なにせ、8時に行ったところで、葬儀社の対応の受付終了は8時ごろで終わるのだ。
とても、ゆっくり話などできるはずがない。
ひとをバカにしてる対応に腹が立った。


そして、その場の時、彼女の兄が「ふたりとも、会うのは久々なの?」と聞いてきた。
彼女は「そう、もう、5年くらい会ってない」と答えた。
彼女の兄が「でも、おまえは、真奈美とは会ってたんだろ?」と。
彼女は「うん、真奈美とは会ってたよ」と。
その時、はじめてビックリした。
私の誘いは、「ギックリ腰になった」とか「体調が悪い」と言いながら断ってきたのに、
真奈美とは会っていたのだ。その時、体調が悪いと言うのが嘘だったと分かった。


そして、母親が他界して、4か月後、今度は彼女の母親の姉が他界した。
その伯母さんの葬儀にも、出席した。
子供の頃に、その伯母さんは、私の事もとても可愛がってくれた恩があったからだ。


そして、そのおばさんが他界した後、彼女と兄の言動に驚いたのだった。


彼女の母親の姉は、子供がいなかった。
元々、土地と家は、その伯母さんの持ち物だった。
若い頃から。働く事が大好きで「お金を貯める事が趣味」かのように貯金が沢山あった
そうだ。子供がいないことで、自分の妹夫婦と子供3人を、自分の家に「同居」させていたのだった。
そして、伯母が亡くなって、伯父は介護が必要な状態であった。
すると、彼女と兄は「伯母の遺産が他の親せきに渡らないように、兄を伯母の養子に戸籍上するの、そして、伯父が他界したら、遺産を全部、兄の名義にして、また、戸籍上を
元に戻すの」と。
これを聞いた時、この家族は「とにかくお金」なんだ。と思った。


彼女の父親が他界して、遺産など生命保険金は、母親に行った。
母親が他界して、遺残や生命保険などは、兄に行った。
伯母が他界して、伯父が他界したら、伯母と伯父の遺産や土地、家までも、兄に行った。
案の定、兄は仕事もせず、その遺産で暮らしてる。
時折、キャバクラに行くそうだ。
もう、60才も過ぎてるが、まだ、独身。
それは、こんなに遺産が入れば、わざわざ仕事する事もないし、結婚する事もないわけだ。
彼女も、夫が失業した時には、口癖のように「お金が無い」と言っていたが、母親が他界し、伯母と伯父が他界してからは、一切「お金がない」と言わなくなった。
今は、彼女の兄が、両親と伯母夫婦の遺産をすべて管理してる。
彼女に「遺産を分与」したら、何かあったときには「彼女の夫のものなる」
それがイヤなのであろう。
なにがなんでも、自分たち兄弟だけのものにしたいようだ。


年齢的に順番で言うなら「兄・夫」が先である。
彼女にしてみたら、黙っていても、両親の遺産も、伯母夫婦の遺産や土地や家も自分の物になるのだ。


この兄弟の「とにかくお金」「他人を小馬鹿にする」「自分には甘いが他人には厳しい」「すべてにおいて他力本願」「常に自分は上の立場に立ちたがる」「悪い意味で人を見る」なんとも、分かりやすい「友達」だ。









なんとも、わかりやすい「友達」part1

年も10歳以上離れた友達。
彼女がショップのスタッフだったころに、私が洋服を買いに行って以来からの友達。
とにかく、彼女は「頑張り屋」「人の悪口は言わない」「今どきの子の様に人を褒める」
センスも良い。


ショップに彼女が居た頃は「ランチしましょう」「お茶しましょう」と誘ってきてくれた。
彼女には「保育園の子供がひとり」居る。
彼女の仕事の休みの日には、子供とも会わせてくれた。


ラインでも登録した。
あまり、電話で話すことが苦手らしく、いつも、ラインで話した。
接客業では珍しく「人見知り」する人だった。


ラインや会ったりしても「今度、お店に来てください」と言う。
私も彼女に貢献できるならと、彼女の居る日にショップに行き、買ってきた。


ところが、彼女が体調を崩し、ショップを辞めてしまった。
ご主人は出張が多く、子育てと、仕事の両立が無理だったのだろう。
ラインを送っても、既読のまま、返事も来ない。
相当、体調もわるかったのであろう。


「会おうね」と誘うと「会いましょう」と言っては来る。
だが、そのまま、1年2年と月日が流れた。


昨年末「忘年会やりましょう」と誘うと「やりましょう」と言ったきり、返事も来ない。
今年に入り「新年会しましょう」と誘うと「春になったら会いましょう」と言ってきた。
春になって「会いましょう」と誘うと「今、やっと、アルバイト出来るようになって
それが春は忙しいので、夏に会いましょう」と言ってきた。
まぁ、こんなんで、一年は過ぎるんだろうな、と思ってはいた。


私が彼女に言った。
「春に会うと言っていたので、お土産を買っておいたんだ。でも会えなかったので、次回会う時にでも。でも、体調が良くなるまで、無理しないでね」と。


すると、9月に入り、彼女からラインで連絡が入った。
「来週、会いませんか?」と(笑)
そして、2年ぶりに、やっと会えた。
もちろん、お土産も渡した。
本当は、彼女のために買った訳ではなかったのだが。


そして、その会った時のランチの会計は、すべて、私が払った。
すると彼女から「来月も会いましょう」と(笑)


そりゃーそう言うよね(笑)
私と会えば、お土産も貰えるし、ランチ代も払ってくれるしね。
今はショップのスタッフじゃ、ないけど、また、ショップのスタッフになれば
「お店に来てください」と言えば、私は「太い客」になるんだものね。
子供も私に合わせれば、子供の好きな物も買ってくれるしね。


私は「利用価値がある」と思われてるのは分かっていたさ。
だから、あえて「お土産買っておいたんだ」と言ったのさ。
でもね、たとえ、5回会っても、一度くらいは「今回は私が払います」って言えないのかな?


かなり年下だけど、この人はきちんとした友達だと思っていただけに、残念だ。








元を正せば......

いつも思うこと。


私から言わせれば、35歳で入籍した時、夫がバツイチ。
学歴主義者の夫と夫の両親。


結婚すると言う事の責任。
前妻との離婚の原因も、その責任から逃げたこと。
そのことを夫が学んでいない。
夫が前妻への離婚から学んでいてくれていたなら。
=再婚する事への責任を認識できたはず。=妻の私を今度は大切にできたはず。


たとえ、高学歴でない私に対して、夫がきちんと自分の両親を説得できたなら。
説得できなくとも、その努力をしてくれていたなら。
=夫への感謝もできた。


嫁になる私と両親に対して、きちんと「結納・結婚式・小さくても披露宴」を
してくれていたなら。
=両親の心痛も軽減できた=少しでも親孝行ができた。


入籍をした時に、きちんと「二人の将来の目標」を立てていてくれていたなら。
=将来家を買うと目標にできたなら、それに向けて貯金ができた。


子供を産むことを、夫が協力してくれていたなら。
=親になる覚悟もできた=子育てを経験できた=夫婦が協力しあえた。


入籍をした時に、妻の私が父親の他界で多忙な時に支えてくれていたなら。
=支えてくれた夫に感謝できた。


入籍をした時に、夫が不貞などしなかったら。
夫が不貞をしたにも関わらず、離婚を言いださなかったら。
夫が自分の不貞を反省もせず、逆キレし、妻に暴言を吐かなかったなら。
=私がうつ病にも、パニック障害と言う、厄介な病気にならなかった。


入籍をした時に、見知らぬ土地で知り合いもいない土地でも、妻がひとりでも
その土地で仕事もできるような、スーパーでの買い物や通院もできる都市に住んで
くれていたなら。
=私は就職もできた=家を買うための貯金もできた=職場などで友達もできた=交流もできた=ひとりで行動もできた。


引っ越し、転職を機に、夫が妻に相談し、決めてくれていたなら。
夫が自分の父親の遺産の使い方を、きちんと妻と相談してくれていたなら。
家を買うと言いだした時に、きちんと妻に相談し、家計を任していてくれていたなら。
どうしても家が欲しいと夫が言うなら、妻と身分相応なマンションと、家計から
住宅ローンの組立を相談してくれていたなら。
=私がひとりで買い物や通院ができる場所に住めた=夫の父親の遺産は残せた
=私が仕事をすることができた=家計からマンションを買える物件を探せた


今更ではあるが、こうなっていたなら、今のこの状況にはならなかったのだ。
悔しくてたまらない。夫への憎しみが湧いてくる。





「離婚」を考えたこともあった。
だが、年齢から生活費を稼ぐための仕事を探すのは困難だった。
仕事へのブランクもあり、大学新卒者でも就職難な時だった。
持病があり、通院を余儀なくされたため、それを理解できる会社など無かった。
自分だけの生活費だけではなく、残された母親の介護の費用まで稼げなかった。


「弁護士に相談」もした。
だが、夫の不貞の確実な証拠がないと慰謝料も請求できない、相手の女性にも慰謝料請求はできないと知った。
たとえ離婚に同意しても、婚姻年数が少ないため、慰謝料は貰えて100万円が限度、そのお金は離婚後の住まい、引っ越しで無くなる額であるため、離婚は薦めないと言われた。
住宅ローンがある場合、負の財産も私へ財産分与となり、払わないとならなくなると言われた。
離婚をして損をするのは、専業主婦の貴女、得するのは何も変わらない夫だけ、と言われた。
年齢的に再婚も段々、難しくなると言われた。
暴力ではなく、暴言であるなら、右の耳から左の耳に受け流し、婚姻年数を稼いだ方が
貴女のとって有利になると言われた。


こんな夫、私は友達にもしたくない。
今は本当に「経済的」なことだけで離婚しないでいるだけ。
「情」はあっても「愛情」は無い。
私がもっと若くて、仕事のキャリアもあって、もちくは、手に職があって、どこでも
何歳でも働く場所があって、私一人でも十分に生活できる稼ぎがあったら、夫とは
とっくに離婚してる。


今の若い女性には、ぜひ「専業主婦」なんて、なるもんじゃないと言いたい。
仕事は持っていて、結婚しても続けて、育児休暇もとれて、復職してもきちんと椅子があって、自分の稼ぎは、家計には使わず、貯めておきなさい。と言いたい。
専業主婦になるなら、夫になる人が、稼ぎがあって、家事も分担して、たとえ浮気をしても、家庭は絶対に壊さないような夫と選びなさい。と言いたい。


ケチな夫はダメ。
暴言暴力を振るう夫がダメ。
人に学歴や仕事で優劣をつける夫はダメ。
妻を大切にしない夫はダメ。
妻に仕事をするよう強要する夫はダメ。
せめて妻の誕生日や結婚記念日ぐらい、ケーキや花束、口紅の一本ぐらい買わない夫はダメ。
妻に思いやりのない夫はダメ。
浮気はしても家庭を壊すような夫はダメ。
愛人を作るような夫はダメ。
どんなに小さな事でも、きちんと夫婦で話し合う事をしない夫はダメ。
失敗を学ばない夫はダメ。


私が生まれ変われるものなら、きちんと勉強をして、大学を卒業して「国家公務員」になって、給料は少ないけど、産休も育児休暇も取れる職場につき、復職しても椅子があって
貯金しておいて、夫を選ぶなら、対等にできる人を選ぶ。